江戸の浮世絵師|北斎の晩年の作品を飾る小布施の岩松院

岩松院正面

 

 

長野県に小布施(おぶせ)町という、人口が1万人の小さな町があります。

小布施は、江戸時代の有名な浮世絵師である葛飾北斎(かつしかほくさい)が晩年に訪れた場所としても知られています。

小布施には岩松院(がんしょういん)というお寺があり、このお寺の本堂では北斎が描いた巨大な鳳凰(ほうおう)の天井絵を見ることができます。

また岩松院には、江戸の俳人、小林一茶が俳句を残し、また福島正則のお墓があります。

 

この記事では、岩松院に飾られている北斎の天井絵と、その他にゆかりのある人物について紹介しています。

 

 

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岩松院(がんしょういん)とは

岩松院は長野県小布施町にある、曹洞宗のお寺で、室町時代の1472年に創設されました。

御本尊は江戸時代につくられた釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)です。

 

岩松院までのアクセス

岩松院へは長野駅から車で30分、電車と徒歩で1時間ほどかかります。

 

 

岩松院の見どころ

葛飾北斎筆の八方睨み鳳凰図(はっぽうにらみほうおうず)

こちらが岩松院本堂の建物です。

岩松院の本堂

本堂内の大間に入ると、21畳の大きさの天井絵が参拝客を出迎えてくれます。

この天井絵は「八方睨み鳳凰図(はっぽうにらみほうおうず)」と呼ばれています。

 

どこから観ても目があう色鮮やかな北斎の鳳凰の絵

江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎は、83歳の時から小布施に江戸から4度訪問しています。

北斎が89歳になった1848年に、八方睨み鳳凰図を描き上げたと伝えられています。

巨大な鳳凰とは、どの位置から見ても目があい、その迫力に圧倒されます。

170年前に描かれた絵とは思えないほど、鮮やかな色彩を現在まで保っています。

 

天然の鉱石をつかった絵の具と大量の金箔

葛飾北斎が鳳凰図に使用した絵の具は、現在よく使われている石油が原料になっているものではなく、天然の鉱石をつぶして粉にしたものです。

そのため光沢や色に変化が少ないのだとのこと。

また金箔もふんだんに使われています。

堂内の写真撮影は禁止のため、天井絵は撮れませんでしたので、代わりにお寺で販売しているクリアファイルをお土産に購入しました。

 

 

福島正則の霊廟

岩松院には福島正則の霊廟があり、遺骨が埋葬されています。

秀吉の古くからの重臣であった福島正則は、江戸時代の1619年に信越地方に国替えになりました。

その5年後の1624年に亡くなっています。

福島正則の霊廟看板

 

 

一茶が句を詠んだ裏庭の池

岩松院には小林一茶が句を詠んだ場所があります。

小林一茶は江戸時代の有名な俳人で、実家が長野県の小布施町から歩いて20キロほどの場所にありました。

そのため時々俳句を教えに小布施町まで通っていました。

ある春の日、岩松院の裏庭の池で、かえるがやってきて泣いている様子を聞いて、一茶が句を詠んでいます。

「痩せ蛙負けるな一茶これにあり」

 

岩松院で御朱印を頂くと、カエルのしおりをはさんで渡してくださいます。

 

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岩松院まとめ

いかがでしたか?

北斎が描いた岩松院の天井の鳳凰図は、一度見るとまた何度でも見たくなるほどインパクトがある絵です。

また岩松院は福島正則や小林一茶など、有名人ゆかりのエピソードが残っている場所でもあります。

岩松院の

 

 

岩松院周辺のホテル・旅館

 

 

長野県の観光スポット

岩松院へ訪問した際は、小布施町で人気の栗菓子や栗ご飯を召し上がってみてはいかがでしょうか?

また長野駅近くには、善光寺があります。

 

 

 

 

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