日本の住居には、昔から茅葺(かやぶき)の屋根が使われてきました。
岐阜県と白川郷と、富山県の五箇山は、江戸時代から明治時代にかけて建てられた茅葺の合掌造りの集落がそれぞれまとまっていて、今も当時のままの建物を見ることができる観光スポットです。
この記事では、白川郷と五箇山の合掌造り集落の特徴について紹介しています。
白川郷・五箇山合掌造り集落の特徴
独特の景観を保つ世界遺産に登録された集落

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富山県の五箇山(ごかやま)と、岐阜県の白川郷(しらかわごう)にある合掌造りの建物は、江戸時代から明治時代にかけて建てられました。
急勾配の茅葺の屋根は手をあわせて合掌する形に似ているので、合掌造りと呼ばれています。
その独特な景観が現在も保たれていることが評価され、世界遺産として1995年に登録されました。
合掌造りの屋根裏でカイコを育てる
合掌造りの建物は、1階と2階以上の屋根裏部屋の部分で構成されています。2階から4階では蚕(カイコ)を育てていました。
結(ゆい)と呼ばれる村の互助会
1階は大工さんが建てますが、屋根は結とよばれる村の互助会の人たちが協力して作ります。結は互助会ですので、助けてもらった分同等の協力を返すのが原則だそうです。
白川郷と五箇山の合掌造りの建物は、屋根に日がよくあたるように東西に向いていて、建物は釘などが使われていません。
合掌造りの建物には何人の人が住んでいたの?
助け合って暮らしていた人々
この大きな合掌造りの家には、その昔は二十人から三十人の人が住んでいました。土地が狭い地域では分家することが難しく、同じ家で助け合って暮らしていたそうです。
昭和に入って道路が開通されて交通の便が良くなってからは、建築資材が入手できるようになり、従来のような大きな家を建てる必要もなくなりました。
また茅葺の屋根は20年から30年の間に一度、新しい茅に変える必要があります。そのため人手が必要な合掌造りの家に住む人も次第に少なくなっていきました。
白川郷・五箇山の合掌造り集落まとめ
いかがでしたか?昔ながらの合掌造りの建物がこれだけの数1箇所にかたまっている集落は今では大変珍しく、貴重です。
写真写り映えもするこの観光スポットに、出かけられてみてはいかがでしょうか?
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